なぜ動いた?変動理由を詳しく解説
6月2日発表「米国雇用統計」
| 失業率 | 非農業部門 雇用者数 |
|
|---|---|---|
| 予想 | 4.4% | +17.3万人 |
| 結果 | 4.3% | +13.8万人 |
| 乖離 | -0.1% | -3.5万人 |
- 結果は速報値です。
詳しい解説
1. 発表前
4月中旬にかけて急激に高まった地政学的リスク(仏大統領選挙、米朝間の緊張)に対する反動や、好調が続く企業業績を背景とした世界的な株高地合いの下、米ドル/円は騰勢を強め、5月10日には114円30銭台へと上昇した。しかし節目の115円を前にして揉み合いを続ける中で、「ロシアゲート」疑惑*1が浮上。トランプ大統領弾劾にまで発展する可能性もと報道され、米ドル/円と米株価が急落。17日には一気に110円台前半まで下落し、ニューヨークダウも今年最大の下げを記録した。その後は24日に公表されたFOMC(5月2~3日開催)議事要旨で、6月利上げが示唆されたことから、112円台を回復する場面も見られたが、一段の上昇にはつながらず、米ドル/円は111円台半ばで指標の発表を迎えることとなった。
事前予想は、「失業率」が4.4%(前月4.4%)、「非農業部門雇用者数」が+173千人(前月+211千人)、「平均時給」が+0.2%(前月+0.3%)であった。
- *1昨年の米大統領選でのトランプ陣営とロシアとの不透明な関係があるという疑惑。9日に突然解任されたコミーFBI長官は本件を調査していたが、トランプ政権が捜査を妨害するためだったとの憶測が広がった。
2. 発表直後
5月「失業率」は4.3%へと低下。しかし注目度が高い「非農業部門雇用者数」は、事前予想を大きく下回る前月比+138千人(3・4月も合わせて66千人下方修正)と、弱い内容であった。また「平均時給」は、前月比+0.2%と事前予想通りであった。
米ドル/円は、予想を大きく下回る「非農業部門雇用者数」に反応し、一気に111円近辺へ急落。米長期金利(10年国債利回り)が低下したことから111円を割り込むと、ドル売りが強まり110円40銭台まで下落。同水準でようやく下げ止まり、110円台半ばでの揉み合いとなった。
3. NYK Closeまで
日付が変わっても米ドル/円は上値の重い展開が続いた。一時110円40銭を割り込んだが、米株式市場が堅調に推移していたこともあり、一段と売り込まれることはなく、110円台半ばでの動きに終始し、110円40銭前後でCloseとなった。米長期金利(10年国債利回り)は2.16%に低下。ニューヨークダウは21,206ドル(前日比+62ドル)と史上最高値を更新して引けた。
4. 「米ドル/円の上値が重かったのはなぜ」
- 前日に発表された、ADP全米雇用報告*2が市場予想を上回る強い内容であったことから、雇用統計への期待が高まり、米ドル/円は相応に織り込んでいたと思われる。実際に発表された結果は、予想に反して不冴えであったことに加え、同時に発表された5月米貿易収支の赤字額が拡大していたことも、ドルの上値を抑える要因となったと考える。
- 翌週にコミー前FBI長官の議会証言や英総選挙が予定されており、ポジション調整の動きが強まったのではないか。
- *2米国のAutomatic Data Processing社が発表する雇用に関する指標。米雇用統計よりも前に発表されるため、先行指標として注目されている。
5. 当面の見通し
- (Ⅰ)6月雇用統計
「失業率」は4ヶ月連続で低下し、2001年5月以来の水準となったが、今月は労働参加率の低下によるところが大きく、良好とはいえない。完全雇用に近い状況下で、「非農業部門雇用者数」の伸びが鈍化することは驚きではないが、鈍化傾向が続くかを見極める状況である。「平均時給」の伸びは依然として緩やかで、インフレ期待を高める状況ではなく、今後の利上げを不透明化する要因となっている。
- (Ⅱ)米ドル/円動向
堅調な日米株式市場を背景に、短期的にはドル強含み推移を予想していた筆者の見方とは反対に、米ドル/円は5月11日の114円台から軟調地合いとなっている。「ロシアンゲート」疑惑というリスク回避要因はあったものの、2月末から3月中旬にかけて米利上げを織り込んだ局面と異なり、今回は6月追加利上げへの反応が極めて限定的であることをかんがみると、やはり米ドル/円の大きな流れは、貿易統計(本邦の貿易・経常黒字と米国の巨額な貿易赤字)に帰するのであろう。
6月の追加利上げが示唆された5月FOMC議事要旨では、ほぼ全てのメンバーが、バランスシートの正常化(量的緩和時に買入した債券が償還を迎えた際の再投資を停止)を、年内に開始することが適当であるとしていたが、米長期金利(10年国債利回り)は意外にも低下方向で反応した。これはインフレ懸念が乏しい中で、バランスシートの正常化がなされる間は、同時に追加利上げは行われない、と市場参加者が考えていることの表れであろう。その意味では、6月FOMCで示される『ドット・チャート』*3は注目される。
「地政学的リスク」や「ロシアンゲート」疑惑は、短期的な相場変動要因にとどまるものと考えているが、世界的な株高が、米長期金利が上がらないことの裏返しであるならば、それを材料としての米ドル/円上昇には限界があろう。一方で、昨年秋からの原油価格の下げ止まりにより、本邦貿易黒字額も足元では縮小傾向にあること、また本邦長期金利が日銀のイールドカーブコントロール政策により、低位安定しており、機関投資家の外債投資意欲が依然旺盛であることが、米ドル/円の下支え要因となろう。
- *3FOMCメンバーによる政策金利予測。メンバーが適切と考えるFF(フェデラル・ファンド)金利誘導目標の水準を、「点(ドット)」の分布で示したもの。ドット分布の中央値で、今後の利上げ回数を推測する。
- 予想レンジ:
- 107.50円~112.50円(向こう1ヶ月程度)
105.00円~115.00円(向こう半年程度)
- ※当内容は2017年6月6日現在の見解です。
- 執筆者:
- 株式会社じぶん銀行 ALM部長 島本薫