なぜ動いた?変動理由を詳しく解説
2月3日発表「米国雇用統計」
| 失業率 | 非農業部門 雇用者数 |
|
|---|---|---|
| 予想 | 4.7% | +17.5万人 |
| 結果 | 4.8% | +22.7万人 |
| 乖離 | 0.1% | +5.2万人 |
- 結果は速報値です。
詳しい解説
1. 発表前
1月20日の就任式に先立って行われた11日の記者会見で、トランプ米大統領は『貿易の不均衡を是正する必要がある』と、中国、日本、メキシコを名指しして批判した。期待された財政政策への言及もなく、会見後の海外市場では米長期金利が低下し、米ドル/円は114円台へと下落した。世界中が注目した20日の就任演説では、保護主義的なスタンスが再確認されたが大きなサプライズはなく、その後も『日本は円安誘導を行っている』との発言(31日)を受け、1990年代の日米貿易摩擦の連想や、2月10-11日に予定されている日米首脳会談で、米国側は「為替レートの是正」を要求してくるのでは、との思惑から、米ドル/円は一時112円台へと下落した。
1月30日~2月1日にかけて開催された、日銀政策金利決定会合と米FOMC(連邦公開市場委員会)では、それぞれ現在の政策が維持されたが、25日の日銀オペ*で中期ゾーンの買入れオファーがなかったことが、テーパリング(量的金融緩和の縮小)を想起させることとなり、本邦長期金利が上昇。一方、市場がトランプ政権に期待している「インフラ投資」、「税制改革(減税)」にはある程度の時間を要するとの見方から、米長期金利が上げ渋ることとなり、日米金利差が縮小。米ドル/円の戻りは鈍く、結局113円台前半で指標の発表を迎えることとなった。
事前予想は、「失業率」が4.7%(前月4.7%)、「非農業部門雇用者数」が+175千人(前月+156千人)、「平均時給」が+0.3%(前月+0.4%)であった。
- * 国債買入オペ:日本銀行が行うオペレーション(公開市場操作)の一つであり、長期国債(利付国債)を買い入れることによって金融市場に資金供給すること。2016年9月に「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入してからは、金融市場調節方針で示された長期金利の操作目標を実現できるよう、国債買入オペを運営している。25日は予定されていた残存期間1~5年のオペが見送られた。
2. 発表直後
1月「失業率」は小幅に上昇し4.8%。「非農業部門雇用者数」は、事前予想を上回る前月比+227千人であったが、11・12月分が合わせて39千人下方修正されたため、おおむね事前予想通りの結果となった。一方、前月に急伸した「平均時給」は、前月比+0.1%と事前予想を大きく下回り鈍化した(前月分も+0.4%から+0.2%へと下方修正)。雇用の伸びは強いものの、追加利上げのポイントとなる、賃金上昇圧力が弱含んでいることから、年3回と見られていた市場の利上げ見通しがやや後退する内容であった。
発表直後米ドル/円は、予想より強い「非農業部門雇用者数」に反応し、113円台半ばにいったん上昇したが、過去分の下方修正や、「平均時給」の伸びが弱いことを受け、米長期金利(10年国債利回り)が低下したため、すぐに112円台半ばへと反落。しかしドル売りも続かず113円ちょうど近辺へ押し戻され、その後は112円台後半での揉み合いとなった。
3. NYK Closeまで
米ドル/円は日付が変わって112円台前半まで下げ足を伸ばしたが、NYK時間午後になると、米株価が上昇したことに加え、複数の地区連銀総裁から年3回の利上げを肯定する旨の発言を受け、再び113円台を回復。しかしながら引けにかけては上昇していた米長期金利が低下したのに連れて下落し、112円台半ばでCloseとなった。米長期金利(10年債利回り)は、2.46%へ小幅下落。NYKダウは2万ドルを回復(前日比+186ドル)してCloseとなった。
4. 「米ドル/円が方向感のない動きとなったのはなぜ」
- 2月10-11日に予定されている、日米首脳会談で為替問題がテーマとなることへの警戒感があり、雇用統計の内容如何に拘わらず、米ドルを買い進める動きとはなり辛い状況であった。
- 1日のFOMC声明文で、インフレ見通しに対する利上げにFRBが自信を強めていると見られることが背景にあり、一方的なドル売りにも繋がらなかったと思われる。
5. 当面の見通し
- (Ⅰ)2月雇用統計
「非農業部門雇用者数」は堅調な内容。「失業率」の上昇も「労働参加率」の上昇が要因であり、悪いものではない。一方で、前月『労働時間の減少によるもので過大評価すべきでないと考える』とした「平均時給」の伸びであるが、名目総賃金(就業者数×労働時間×平均時給)も前月比で大幅に低下しており、「平均時給」の今月の低下が一時的なものかを見極める必要がある。
- (Ⅱ)米ドル/円動向
米ドル/円相場は年初の118円台を高値として緩やかな下落トレンドが継続(本稿執筆時点では111円台での推移)している。ここまでの動きと今後の見通しを、①トランプ政権への期待と現実、②需給関係の重し、③本邦長期金利(債券市場)の変調、④米追加利上げ等の海外要因、に分けて考えてみる。
- ①昨年11月の米大統領選で、予想を覆してトランプ候補が勝利(共和党が上下院とも制す)して以降、新政権への期待から「ドル高・株高・米金利高」が12月中旬まで続いた。政治経験ゼロのトランプ大統領が就任後に発した、「保護主義」と「移民政策」は、候補期間中から想定されていたものだが、円安批判や本邦自動車産業への不満、イスラム7ヶ国からの入国を制限する大統領令が現実のものとなると、市場はこれまでと逆の動きで反応した。2月10-11日に予定されている日米首脳会談で安倍首相は、通貨安批判に対して円安誘導ではないことを丁寧に説明すると見られるが、麻生財務相が同行することから、日銀の量的緩和策にまで踏み込まれるのでは、との警戒感が漂っており、会談後に円高・ドル安が一段と進行する可能性もあろう。また、入国制限に係る大統領令発布後、一週間もたたずに連邦地方裁判所から差し止め命令が出され、ホワイトハウス側が連邦控訴裁判所への控訴となる事態からは、今後の政策の実行スピードが懸念されることとなり、これまでの期待相場に暗雲が立ち込めてきている。
- ②期待相場で上昇してきた市場のポジションの偏りが、年初から徐々に解消され始めている。実需でなく投機的ポジションであれば、いずれは手仕舞いの動きとなるが、シカゴ通貨先物市場での円売り・ドル買いポジション、商品先物取引市場での米国債売りポジション、ニューヨーク原油先物市場での原油買いポジションの建玉(残高)は依然として大きく、市場が逆方向の動きとなれば、ポジション解消圧力が高まりやすい。
- ③「アベノミクスの第一の矢」である日銀による大規模な金融緩和の下で、本邦長期金利は大幅に低下し、「マイナス金利」政策導入以降、10年物国債利回りはマイナス圏での推移となった。昨年9月の「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」政策導入後も、10年物国債利回りがおおむねゼロ%程度で推移するよう、日銀オペでコントロールされていたが、1月25日に残存期間1~5年ゾーンのオペが見送られて以降、長期金利(10年物国債利回り)は上昇し始め、2月3日には一時0.15%をつけた。昨年7月の史上最低時(27日:▲0.295%)と比べると、0.45%近い上昇である。中長期的に国債買入れのペースを落とす(金融緩和の量の減額)ことを目指しながら、短期的には量を変動させることは、発表された日銀声明文からも想定の範囲内ではあるものの、オペの増額(27日)や再減額の発表(31日)、通常オペ実施後に金利が上昇すると異例の指値オペ*を実施するなど、市場参加者は日銀の意図が掴めずに困惑している。トランプ大統領の円安誘導批判の矛先を回避する目的、との穿った見方すら出てくる状況であり、本邦長期金利の変調は、為替市場での円安・ドル高の動きを弱める要因となっている。
- * 指値オペ:長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)を行うにあたって、日銀が導入した新新型のオペレーションで、日銀が指定する利回りで国債を無制限に買い入れるオペ。
- ④1月31日~2月1日に開催された米FOMCでは、予想通り政策金利は据え置かれた。会合後に発表された声明文の景気判断や利上げペースに関する部分も、大きな変更はなく、1月雇用統計の結果を踏まえても、追加利上げが差し迫っている状況ではない。
インフレ見通しに関する部分のみ、「原油価格の下落効果の剥落」についての文言がなく、『インフレ率は中期的に2%を超えるであろう』との表現となっており、FRBが利上げへ自信を強めていると見られる。ただし、昨年12月の利上げ時に、2017年の利上げ回数を3回と市場はいったん織り込んでおり、次の利上げ時期が年央以降に遠のけば、米長期金利が一段と上昇することは難しいであろう。
本稿執筆直前に米ドル/円が111円台へ下落した要因の一つに、欧州の政治リスクに対する懸念が指摘されている。4、5月に予定されている仏大統領選の候補者がEU離脱を問う国民投票を実施する考えを示したことや、イタリア総選挙が早期に行われる可能性など、前から決まっていたことの状況が変化することに対して、リスクオフの動きで反応することである。市場はトランプ米大統領の動向に注目が集まりやすいが、欧州の動向にも注意が必要である。
- 予想レンジ:
- 108円50銭~115円50銭(向こう1ヶ月程度)
107円~118.5円(向こう半年程度)
- ※当内容は2017年2月7日現在の見解です。
- 執筆者:
- 株式会社じぶん銀行 ALM部長 島本薫